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卒後を振り返って 5期生 椙村 廣文

 各期だよりの原稿依頼が突然やってきた。喜んでいいのか悲しんでいいのか。とにかく大学のことを思い出しながら,書いてみたいと思う。

私は卒後,研修医として第一保存科にお世話になった。一診と研修医の期間,歯科医師として受けられる最高レベルの先生方の指導を直に受け,現在の診療の 基礎となっていると思う。とりわけ,卒後の私を拾って下さった井上教授,いつもやさしく相談にのってくださった鳥井助教授,永峰先生にはお世話になると同 時に多大なご迷惑もかけた。本当にありがとうございました。

研修医の終わりに第一保存科から出張で鳥取にいくように言われた時は,正直いってやっていく自信がなかった。しかし,私自身高齢で早く開業したい気持ち があり,また内海先生の「挑戦の気概を持て」の言葉で赴任することとなった。勤務先は,多い時で1日患者数120人以上の歯科医院で,卒後2年目の私は技 量不足のため迷惑のかけ通しで,毎日医院長から厳しい指導を受けた。2ヶ月程経ったころからある程度仕事を任されるようになり,また従業員旅行では幹事を 任された。これらのことは何か自信になった。

その後,しばらく横浜で勤務医をした後,思うところがあり京都の双立病院の歯科に勤務した。岡山出身の坂本院長にはたいへんお世話になり,抜歯や外科の 症例が多くその分野についてのレベルアップになった。終わり頃には入院患者の治療が主になり,目から鱗のような経験もした。

父親が亡くなり,年齢的なこともあって現在の場所に居抜きで開業した。建物は悪く,設備も立地も悪く,そのうえ最も高い物件であった。私が買わなければ 閉院になっていたかもしれない。しかし開業して8年,森が近く緑いっぱいで気分が落ち着く場所である。そのうち違う所でと考えていたが,患者との信頼関係 が出来ほかへ移動できなくなった。

高齢のため今後何年出来るかわからないが,日々勉強と思っている。顎関節症の治療やエムドゲインを用いた歯周治療などを行なっている。今後はインプラントを用いた補綴治療をオプションに加えたいと思っている。